人の美醜や化粧に対する視線

2011.03.31

平安時代の二大物書きといえば『枕草子』の清少納言と『源氏物語』の紫式部。ふたりはそれぞれ一条天皇のふたりの妃、定子と彰子に仕えていて、ライバルのように目されがちだが、清少納言が『枕草子』を書いた時はもちろん、紫式部が『源氏物語』を書いたころは、すでに清少納言の仕える定子は数え年二十五歳で、ふたりの雌雄は決していた。後世、ふたりがライバルと目され、何かにつけて対照的に語られるのは、仕えた女主人が同一天皇の妃であったこともさることながら、清少納言が『枕草子』で紫式部の夫を変人として描いていること、紫式部が『紫式部日記』で「清少納言ほど軽薄で風流ブリッコの女はいない。そんな女の末路がろくでもないのは当たり前」といった激しい筆誅を加えたためである。が、何よりふたりの作品に見える考え方が対照的なためでもあろう。それは人の美醜や化粧に対する視線にも、うかがえる。平安中期の貴族女性は、白粉を塗り、お歯黒をして、眉は毛抜きで抜いて整え、眉墨でつくろっていた。清少紗言の『枕草子』には、“ありがたきもの(めったにないもの)として、「毛が良く抜ける銀の毛抜き」を挙げている。
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