地元の人が贔屓にしている店に入りたい

2011.06.22

アルファマには、観光客を目当てにした店がたくさんあるが、出来ることなら地元の人が贔屓にしている店に入りたいと思っていた。店の中は薄暗く、ぶ厚い材木をそのまま寄せ集めたような、荒けずりのテーブルが無造作に並べられてあった。三組の客がいたが、身なりや仕種から地元の人のように見え、ここなら本物のファドが聞けそうだと、嬉しくなった。しばらくすると何の前ぶれもなく演奏がはじまり、黒ずくめの女性が唄いだした。彼女は、はじめ体を真直ぐにし、目を閉じ両手を前に合わせ、ゆっくりとした調子で歌いたした。静かに語りかけ、時には問いかけるようにもする。声は低くて擦れているが、さほど広くない酒場なので、彼女の声はよく通る。ファド歌手には美声の持主はいないといわれる。情念や心の叫びを声に出していかなくてはならないという、歌い方や技術のために、声帯に負担がかかってしまうらしい。歌手としての寿命もけっして長くはないということだ。伴奏は、スペインギターに似たポルトガル独特のヴィオーラや、胴体が大きくふくらんだ、マンドリンに似たギターラなどがつとめている。それが時には思いきり強弱をつけながら、ダイナミックに、歌声をつつみこんでいる。客は少し前かがみになり、目を閉じて耳を傾けている。ウェイターに聞くと、曲は漁に出たまま帰ってこなかった夫への思いを歌ったものらしい。歌詩の内容はさっぱり理解出来ないが、かりに客の中に船乗りがいたり、年老いたウェイターが海の男であったりしたならば、けっして他人事でない歌の内容に耳を傾けている酒場の中の様子こそ、サウダーデというものなのだろうか。